第49回 混合診療

最終更新をしてからはや半年以上がたってしまいました。クリニックでは、今年電子カルテを導入することにし、機種選定、導入、使い方の講習など瞬く間に時間が経ってしまい、コラムの更新まで手が回りませんでした。導入して2ヶ月がたちますが、いまだにコンピューターのご機嫌を伺っている状態で、毎日汗だくになって取り組んでいます。もう少し余裕ができれば、患者さんと笑い話でもできるのですが、今の私は患者さんから見ると顔をこわばらせてモニターをにらみつけているんだと思います。

さて、今回は今新聞で話題になっている混合診療の話を取り上げてみたいと思います。混合診療とは何でしょう?病院やクリニックに来られるほとんどの方は健康保険を使って診療を受けておられると思います。日本は国民皆保険制度が確立しており、誰でもどこでも健康保険を使って、医療を受けることができます。この健康保険を使うと、70歳未満の方で3割負担、75歳未満の方で2割あるいは1割負担、75歳以上の方なら1割負担で医療を受けることができます。しかし、これは国が認めた医療にだけ適応され、例えば外国だけで認められた抗がん剤の治療であったり、まだ効果がはっきりとしない最先端の治療は、自費診療になります。

従来から問題にされていたのは、例えば病院に入院し、保険の利かない抗がん剤の治療を受けた場合、抗がん剤が自費になるのは仕方がないとしても混合診療禁止という前提のため、入院費や検査代など本来なら保険が適応されるものまですべて自費になってしまうということでした。これは、効果のない治療を医師が勝手に保険と併用して患者さんに行わないようにすると共に、混合診療を認めてしまうと新しい有効性の高い治療も保険として認めるのが遅れてしまう、あるいは保険外ですればよいということになるのではないかという危惧があるためだと言われています。そのため混合診療は絶対反対、国民皆保険制度を守れ、という議論になってきたのです。

それが今度から、ある特定の基幹病院で(恐らく国が指定する大きな病院)患者さんからしてほしいという要望があった場合に限り混合診療を認めましょう、(患者申し出療養制度)ということが提案されています。医療サイドから勧めるようなことになると情報の少ない患者さんが不利になると考えてでしょうが、患者さんが治療方法を自ら調べてきてお願いするケースがどれだけあるのかと思うと少し疑問です。

混合診療でのメリットは、やはり混合診療を希望する方が今まで全額自費だったのが保険適応のない部分だけ自費でよいという経済的なメリットでしょう。そして、そこで培われた最新の治療が早く保険適応になるかもしれません。また、需要があると考える企業や大学が競って新しい治療を開発するかもしれません。

逆にデメリットは、保険外の診療をできるのは結局お金持ちに限られ、お金の切れ目が命の切れ目になってしまう可能性、混合診療があるのだから急いで保険診療にしなくてもいいのではないかという保険診療の質の低下、混合診療のできる病院は都会に限られるので都会と地方の医療格差が生まれる可能性、などが考えられます。

皆さんはメリット、デメリットどちらが多いと考えますか?私は、患者さんにとってデメリットのほうが多いと思います。私たちが実地で診療していて、毎年のように新しい器具を使った新しい手術法や、新しい薬を使った新しい治療法が生まれているのを目の当たりにします。それらは総じて高価でびっくりするような値段が付いています。侵襲の少ない治療になるので、患者さんにはメリットがありますが、治療費は高額になります。患者さんが健康保険で支払う一月の費用には上限があるので、それ以上は健康保険組合が払うことになりますが、年々その額は増えています。日本では、保険料を払う若者が減って医療の必要な高齢者が増えていきますから、どう考えても保険財政は悪化していきます。混合診療を言い出したのは、"お金がなくなるので、高い治療費は皆さんが自分で払ってくださいね。"ということだろうと思います。政治家は、ずるいですから、選挙のとき選挙民が困るようなことは絶対に言いませんし、しません。混合診療にしても、メリットだけをマスコミに宣伝させ、制度を導入してから、一部の人が後になってからえらいことになっているのがわかる、ということに成るのではと思います。

国民皆保険を守って、お金がなくなって健康保険制度がなくなるのがいいのか、高額な保険外医療費を自分で払ってでも健康保険制度を維持すべきなのか、究極の選択を迫られる時が来るのかも知れません。喜ぶのは、保険外の高額医療費に備えて生命保険に入る人が増えるでしょうから保険料で潤う生命保険会社だけのような気がします。